【登場人物】
先生(先)=まちの財布について何でも知っている
市民(市)=会社員。今度の議員選挙に立候補を予定
記者(記)=今度、行政担当に指名されている
「形式」から「実質」へ
先 一番最初に少しだけ収支のことやったよね。
市 歳入と歳出の差のことですね。
先 そう。最初にその収支のことをもう少し深掘りしておこう。記者君、キミは「問題となる自治体をみつけられるようにしたい」と言ったね。
記 はい。
先 一番大きな「問題」って何だと思う?
記 それは自治体が倒産しちゃうことです。
先 「倒産」とは言わないけど、言いたいことは分かる。自治体が破綻、つまり立ちゆかなくなるってことだよね。
記 はい。昔あった北海道夕張市のようなことです。
先 うん。だからまず収支なんだけど、一般的に自治体が破綻しないためには収支がどうであればいい?
記 それは黒字だったらいいです。
先 そう。黒字、つまり歳入よりも歳出が少なければ自治体が続いていく。もちろん自治体を運営していける必要十分な歳入があることが前提だけど。とにかく収支が赤字か黒字かはとても大事。
記 はい。
先 だから「収支」について、決算カードにはいくつかのものを載せてる。それを説明しておこう。決算カードで収支ってどこにあったっけ?
市 右上の赤い部分です。
先 そうね。拡大してみよう。「収支」っていくつある?
記 実質収支、単年度収支、実質単年度収支。三つです。
先 うん。実はもう一つ。「歳入歳出差引」。これって収支のことでは?
市 あっ。
先 ここには書かれてないけど、これは「形式収支」と呼ばれるものだよ。
記 形式収支、実質収支、単年度収支、実質単年度収支。あ、頭が。。
先 あわてないあわてない。考え方を整理していけば簡単カンタン。
まず、大きな方向を確認しよう。収支が赤字か黒字かは、とっても大事だという話をした。
記 はい。
先 ということは、形式的な収支と実質的な収支ならどっちが大事?
記 それはもちろん実質的な収支です。赤字か黒字か本当のところが知りたいんだから。
先 そう。自治体財政をこれから学ぶときの大きな原則は「形式から実質へ」。あるものを理解するとき、まずは形式的に理解する方が簡単。だけど、それでは真の姿が分からないことがある。だからさらに精査して実質的な姿に近づけていく。
同じような考え方に「単体から連結へ」もある。自治体の真の姿を知るためには、自治体単体の姿だけでなく、その周辺にあるものも連結して見ないと本当の姿は見えない。一般会計や普通会計の外にある病院会計が膨大な借金を抱えてる、みたいなことを考えれば分かりやすいよね。それらも連結して考えないと本当の自治体の姿は見えないってこと。
記 形式から実質へ。単体から連結へ。
先 覚えておこう。ここではその「形式から実質へ」ということで、収支を見ていくよ。
記 はい。
収支は図を描けるようにしよう
先 収支は図を描いて説明できるようにすれば簡単だよ。まずこの図
市 形式収支。歳入と歳出の差、だからこれが一番簡単ですね。
先 そう。でもこの中には実態を示さない要素が紛れている。それを一つずつ修正していく。まず、実質収支。
市 あ、実質収支って。
先 そう、前に出てきたよね。「赤字にできない」って。自治体が黒字か赤字か、というとき、基本的にはこの実質収支のことを言う。覚えとこう。で、形式収支と何が違うのかというと。
市 「翌年度に繰越すべき財源」。
先 例えば何かを買って、支払うことが決まっているのに何かの都合でその年度内に支払われなかったとする。すると歳出がその分少ないから、このまま入れておくと黒字が本来より大きくなっちゃう。
市 だから引く、と。
先 実際に数字を見ると、歳入総額-歳出総額=歳入歳出差引(形式収支)で、それから「翌年度に繰越すべき財源」を引くと、実質収支になってる。
市 本当だ。ということはこれ、上から下に計算できるようになってるってことでは?
先 半分は正解。でも「上から下」だけじゃないんだな。
市 えっ?
先 では単年度収支を見てみよう。
市 「前年度の実質収支」。
先 うん。前の年度の収支が例えば黒字だったら、その黒字分は繰越金として翌年度の歳入に引き継がれる。だから今年度だけの収支を厳密に見ようとすれば、その分を引かなければならない。
市 つまり、決算カードの実質収支について、左から右を引く、と。
先 そう。前年度分を引くことで、その年度、つまり単年度の収支になるということ。
記 おお、数字が合ってる。
先 当たり前。だから前年度の収支の欄もあるの。決算カードは無駄な欄なんてないんだよ。単なる参考で載せてるんじゃないから。
記 なるほど。それではいよいよ実質単年度収支へ。
先 はい。これを見て。
記 「積立金」「繰上償還金」「積立金取崩額」。
先 ここからは、生活実感で考えると簡単。「積立金」というのは貯金に回した額。これ、歳出に入っていてこれまでの「黒字」からは抜けてるけど、でも順番から言えば「黒字になって余裕が出たから貯金した」って考えるのが普通だよね。
記 だから本当の姿を見ようと思ったら黒字分として足す、と。「繰上償還金」もそうですね。
先 そう。借金を予定より早く返すのが繰上償還。これも黒字分から出したと考えるのが普通。
記 「積立金取崩額」はその逆ですね。
先 今年度のお金では賄えないので貯金を崩して対応したってわけだから、収支からは引くべきだよね。
記 積立金、繰上償還金はプラス、積立金取崩額はマイナス。おお合ってる。
先 そういうこと。実質単年度収支は、そういうことで、この年度だけのできるだけ純粋な収支を計算したもの。
記 なるほど。
先 で、自治体の「危なさ」を見るとき、一般に使われるのは「実質収支」なんだ。
記 へ? 実質単年度収支ではなく?
先 うん。実質収支が赤字になるということはどういうことかな。
市 貯金を取り崩したりしても赤字になっちゃった、ということですね。
先 そう。自治体もいろいろなことが起こるから、実質単年度収支が赤字になることはある。でもそれを貯金で補っているから実質収支が赤字になることはほとんどない。ついにそれができなくなって実質収支が赤字になる、もしくは貯金が底を突いて赤字になりそう、ということになると、財政危機が表面化する。これが最近のパターン。この平成29年度福井市決算は、まさに実質収支が赤字になってしまった珍しいケースなんだよ。
市 そうだったんですね。
先 だからといって実質単年度収支が重要じゃないってことじゃない。実質単年度収支の赤字が何年も続くということは、貯金をどんどん取り崩していることを意味する。だから、自治体の危機を察知するには貯金の残高と、実質単年度収支の赤字が構造的で今後も続くものなのかをウォッチすることが大事。分かった?
記 はい!
先 もう一つ。前にやったけど、ここには「借金」は出てこない。つまりお金が足りなくなったからって、借金をして充当するということが想定されていないということは、ここからも分かる。
市 なるほど。